広島高等裁判所松江支部 昭和45年(ネ)17号 判決 1973年8月31日
控訴人
浜田相互金融有限会社
同
有限会社京水堂
右両名代理人
矢田正一
被控訴人
大島正松
右代理人
松永和重
外一名
主文
原判決中、控訴人らと被控訴人との間で、別紙目録(1)記載の契約に基づく権利義務関係が不存在であることを確認する部分、および、控訴人浜田相互金融有限会社と被控訴人との間で別紙目録(2)記載の契約に基づく権利義務関係が不存在であることを確認する部分を取消す。
被控訴人の本件訴のうち、前項の各権利義務関係の不存在確認を前項の各当事者間において求める部分を却下する。被控訴人の予備的請求中、控訴人浜田相互金融有限会社に対し別紙目録(1)(2)および(3)記載の各契約の取消しを求める部分および控訴人有限会社京水堂に対し別紙目録(1)記載の契約および同目録(3)記載の債権譲渡契約の取消しを求める部分を棄却する。
本件その余の控訴を棄却する。
訴訟費用は、一、二審を通じ、被控訴人と控訴浜田相互金融有限会社との間では被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人有限会社京水堂との間では被控訴人に生じた費用の二分の一を右控訴人の負担、その余を各自の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人らの本案前の抗弁について
控訴人らは、被控訴人の本件請求中、原判決別紙目録(二)、(三)の契約に基づく権利義務関係の不存在確認を求める部分は、当事者適格または確認の利益の点で不適法である旨主張するので、この点について考えるに、右確認請求は、右各契約に基づいて生ずべき控訴人らと訴外塚本博との間の権利義務が現在において存在しないことの確認を求める趣旨と解されるから、その点において不適法のかどはない。しかしながら、原判決別紙目録(二)の契約は控訴人浜田相互金融有限会社(以下、浜田相互金融と略称する。)と塚本博との間の金銭消費貸借契約であり、右契約上の債権が控訴人有限会社京水堂(以下、京水堂と略称する。)へ譲渡されたと主張されているため、被控訴人は控訴人両名に対して右契約上の塚本の債務の不存在確認を求めているものであるところ、右請求をなす利益を自ら有することの根拠として被控訴人の主張するところは、被控訴人が総代である共栄講が塚本に対し貸金等の債権を有することにとどまる(右控訴人らの債権が原判決別紙目録(三)の契約に基づく抵当権の被担保債権であることが、その不存在確認を求める理由であるとすれば、端的に右抵当権の不存在確認を求めれば足りるはずである。)。ところで同一の債務者に対して債権を主張する者同士の間でその債権の存否をめぐつて争いがある場合でも、配当異議訴訟のように債権者同士の利害が直接に衝突する局面を生じた場合は別として、一般には、右の紛争は債務者が当該債権者に対して債務を負担するかどうかを債務者と当該債権者との間で既判力をもつて確定するのでなければ最終的な解決に到達できないのであるから、他の債権者の債権の存在を争う債権者は、債権者代位の要件が備わつている場合にこれによつて債務者に代つて債務不存在確認請求をなすのは格別、債権者たるの地位に基づいて当然に他の債権者の債権の不存在の確認を求めるにつき利益を有するものではないというべきである。したがつて被控訴人は原判決別紙目録(二)の契約に基づく権利義務関係の不存在確認を求める利益を有しない。
また、被控訴人の本訴請求のうち、原判決別紙目録(三)の契約に基づく権利義務、すなわち原判決別紙目録(一)の土地(以下、本件土地という。)上の右設定契約に基づく抵当権の不存在の確認を求める部分については、浜田相互金融は右抵当権を被担保債権とともに京水堂に譲渡した旨主張し、現在において右抵当権が自己に帰属しないことを自認しており、これに対し改めて右抵当権を有しないことの確認を求める利益があるとは認め難い。もつとも、浜田相互金融は右抵当権がもとは自己に帰属し、これを京水堂に譲渡した旨主張するから、右抵当権附債権譲渡の効力のみが否定されるような場合には、その結果として浜田相互金融の抵当権の存否が問われなければならなくなる。しかしながら、本訴訟においては、当初の抵当権設定契約の存否およびその効力の有無が紛争の中心をなし、右抵当権の移転が有効になされたかどうかも抵当権設定が有効になされたか否かにかかる関係にあることが明らかであつて、特に抵当権設定の有効なことを前提としてその譲渡の効力のみを争うような主張は、当事者のいずれからも、訴訟上はもちろん、訴訟外においてもなされた形跡はなく、また浜田相互金融において当初の抵当権設定が有効になされた旨主張していることが、被控訴人が京水堂に対して抵当権の不存在を主張し、その設定登記の抹消を実現するについて障害となるものでもないから、右のような浜田相互金融の態度からしてこれに対する抵当権不存在確認請求を許容する必要があるとはいえない。したがつて、被控訴人は浜田相互金融に対し原判決別紙目録(三)の契約に基づく権利義務関係の不存在の確認を求める利益を有しない。
以上に反し、被控訴人の京水堂に対する原判決別紙目録(三)の契約に基づく権利義務の不存在確認請求については、被控訴人が後述のように後順位抵当権者たる地位を有する以上、確認の利益を有することは多言を要せず、また右契約の当事者が浜田相互金融と塚本博であるにせよ、それによつて設定された抵当権が現在自らに帰属すると主張する京水堂に対しその不存在確認を求めるにあたつて塚本をも京水堂とともに被告としなければならないものでもない。したがつて右請求は適法というべきである。
二本案について
(一) 被控訴人が共栄頼母子二日講、同六日講、同八日講、同一二日講、同一四日講、同一五日講、同一九日講、同二二日講、同二四日講、同二八日講の各総代であり、講金の貸付、取立、その他講に関する訴訟上および訴訟外の一切の事項を処理する権限を有する者であることは、当事者間で争いがない。
<証拠>を総合すると、塚本博は右各講(共栄講と総称されていた。)の講員として原判示のとおり(原判決一二枚目裏八行目から一三枚目裏三行目まで)債務を負担し、これについて本件土地およびその地上建物に抵当権を設定し、昭和三七年六月六日附で被控訴人名義による右抵当権の設定登記を経由したことが認められる。
(二) 本件土地につき、乙区三五番として、被控訴人主張の(イ)松江地方法務局浜田支局昭和三七年二月一二日受付第五一八号抵当権設定登記、(ロ)同支局昭和三八年一二月二四日受付第五八四〇号抵当権移転登記、(ハ)同支局昭和三九年二月三日受付第三六一号抵当権変更登記がなされていることは、当事者間で争いがない。
そこで右各登記によつて京水堂に帰属するものとされているところの抵当権の存否について検討する。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
浜田相互金融の代表取締役であつた坂根芳夫(昭和四〇年八月死亡)は、親友講(前記共栄講と同様、三日講、四日講等の多数の講の総称)と称する頼母子講の総代をも兼ね、右各講の講金の貸付、取立、その他講に関する一切の事務を処理する権限を有し、右事務を適宜浜田相互金融の使用人にとらせていたところ、塚本博は右親友講にも加入し、昭和三七年二月八日頃現在で右講に対し二六四万円の講金返還債務を負担していたほか、被控訴人が総代である前記共栄講等に対し多額の債務を負つていた。そこで坂根芳夫は親友講の総代として、塚本に対し担保の提供を求め、同人所有の本件土地および同地上の建物に抵当権の設定を受けたが、その登記は、法人格を有しない親友講の名義ですることができないところから、坂根が代表者である浜田相互金融を名目上の債権者、抵当権者としてすることにした。ところで坂根は、その際塚本の依頼に応じて同人のほとんど唯一の財産である右土地建物の売買のあつせんをしたうえその売買代金で同人の負債を整理することを引受けたが、右土地建物に対する他の債権者からの強制執行を妨げて右整理の実行を容易ならしめる目的で、親友講の塚本に対する前記二六四万円の債権額から遠からず返済されることが予定されていた五万円(右五万円は昭和三七年四月以降に塚本から親友講に返済された。)を控除した残りの二五九万円に架空の債権三七五万円を加え、合計六三四万円の債権につき、債権者を浜田相互金融、債務者を塚本博とする原判決別紙目録(二)(三)の金銭消費貸借契約および抵当権設定契約を形式上締結したうえ、これに基づき同目録(五)の抵当権設定登記を経由した。ところが、坂根は前記債務整理が思うに任せなかつたので、昭和三八年一二月頃これから手を引く一方、親友講の総代として、塚本が実質的に支配している京水堂から額面金二五九万五〇〇〇円の親友講の出資券(なお、当時同講の経営は破綻し、右出資券はほとんど無価値になつていた。)を受取るのと引替えに、京水堂に対し前記の塚本に対する二五九万円の債権を譲渡し(ただし前記のように抵当権設定登記が浜田相互金融の名義でなされていた関係上、債権譲渡契約書も同会社と京水堂との間で作成された。)、これを原因として昭和三八年一二月二四日前記(ロ)の抵当権移転の附記登記を経由し、その後さらに京水堂は昭和三九年二月三日右抵当権の被担保債権額を実体上存在する債権額に相当する二五九万円に変更する旨の前記(ハ)の変更登記を経た。<証拠判断省略>
前記認定事実によると、原判決別紙目録(三)の抵当権設定契約において被担保債権とされている浜田相互金融の債権については、当事者たる浜田相互金融と塚本との間に金銭の授受がなされたわけでも、また既存の債権が消費貸借の目的とされたわけでもなく、また右抵当権は仮装の金銭消費貸借契約および抵当権設定契約に基づくものであり、したがつて原判決別紙目録(五)の登記に掲げられているような浜田相互金融の債権も抵当権も全く存在せず、右登記はこれに対応すべき実体関係を欠く無効なものというべきである(親友講がその二五九万円の債権を担保するためには、その代表者の個人名義で抵当権設定登記をすることが可能であつた)。もつとも、前記のように親友講が塚本に対し二五九万円の債権を有し、これを担保するため前記土地建物に抵当権の設定を受け、その後右抵当権附債権が親友講から京水堂に譲渡されたのに伴つて、右抵当権につき名目上浜田相互金融のためになされていた抵当権設定登記について移転の附記登記がなされた結果、被担保債権額二五九万円の限度では実体上の権利関係と登記上のそれとが合致することになり、これによつて右登記が有効なものになると解することも一応考えられるが、本件のようにその間にさらに同一物件に抵当権が設定されてその登記を了している場合、右の考え方によつて登記が有効とされるべき抵当権の順位は後から設定された抵当権に劣後しなければならなくなり、この点において登記簿上の記載と実体関係とが合致せず、しかもその不合致は抵当権の順位という重大な法的効果にかわるから、少くともこのような場合には、当初無効だつた抵当権設定登記をその後に生じた実体関係の変動に基づいて有効と解することはできないと見るのが相当である。したがつて被控訴人は塚本の債権者として同人に代位して右登記の抹消を求めることができる(塚本の資力に照らし被控訴人に債権保全の必要があることは前述したところから明らかである。)。
三以上の次第で、被控訴人の本訴請求中、原判決別紙目録(二)の契約に基づく権利義務の不存在確認を求める部分および浜田相互金融に対し原判決別紙目録(三)の契約に基づく権利義務の不存在確認を求める部分は不適法であり、原判決中これらを認容した部分は失当であるから、これを取消したうえ右訴を却下すべきであるが、その余の被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は正当で、本件控訴中これに対する部分は棄却さるべきである。《以下、省略》
(熊佐義里 加茂紀久男 小川英明)
目録(1)ないし(3)《省略》